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2011年3月20日日曜日

「しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない。」ルカによる福音書10章42節


 No Bible No breakfast という言葉があります。聖書を開かなければ、食事を取らないという、決意を表した言葉です。日々の忙しさに心を奪われてしまいがちですが、本当に必要なことは御言葉に耳を傾けることです。

「しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない。」ルカによる福音書10章42節

 イエスが訪れた時、姉のマルタは食事などの世話を、妹のマリアはイエスの話を熱心に聞きました。イエスは必要なことは一つだけ、マリアはそのことを知っていると言われました。

 クリスチャンの映画監督ダン・マーチャントは、全米で「イエス・キリストは何をしたことで有名か、クリスチャンの印象は何か」と、街頭インタビューをしました。インタビューの結果、キリストに対しては良い印象を持っているものの、クリスチャンたちへのイメージは、「狂信的、気取っている、特定の人々を嫌う、偽善者、戦争」などと、良いものばかりではないということが分りました。クリスチャンたちは、自分たちの信仰を純粋に表しているつもりであっても、それが未信者の人々にどんな印象を与え、どう聞こえるか配慮するのが足りないのです。キリストに従う者として、イエス様がなされたように行動することが求められているのに、自分が正しいのだと主張し、議論に勝とうとしてしまいます。「自分の自己中心さ、忍耐のなさ、無知と傲慢さが、人々を神から遠ざけてしまう結果になった。クリスチャンとは、愛なる神を信じ、平和の君を愛し、礼拝する者である。理想の基準は、忍耐、親切、赦しであり、私たちこそ、真理と恵みに満ちた人間であるはずなのだ。そんな私たちが、なぜ他人に対し真理を押し付け、恵みを分かち合うことを怠っているのだろうか」。伝道のために、労力と時間を献げるときも、自分中心の思いからではなく、聞き手の魂の救いを願って行うべきなのです。

 人の魂を救うために、時間や労力、財産を献げましょう。評価の規準を神さまに置くときの行いには、自由さと、明るさと、力強さと、正しさとがあるのです。

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