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2011年1月16日日曜日

「王はたいそう喜んで、ダニエルを洞窟から引き出すように命じた。ダニエルは引き出されたが、その身に何の害も受けていなかった。神を信頼していたからである」ダニエル記6章24節



 苦しい事、悲しい事にあっても「どうか神さまのお望みどおりにしてください。強く乗り越えられますように」と、お祈りすることで、神様の子供として成長させていただけます。

「王はたいそう喜んで、ダニエルを洞窟から引き出すように命じた。ダニエルは引き出されたが、その身に何の害も受けていなかった。神を信頼していたからである」ダニエル記6章24節

 人生の危機にあった時こそ、祈り、主に信頼しましょう。ダニエルはライオンの洞窟に投げ込まれても、神を信頼し祈り続けました。

 ジョン・F・ケネディー大統領の母、ローズ・ケネディーはカトリック信者で、9 人の子を育てましたが、一人が知恵遅れで生まれた時、「神はどうしてこんなにひどいことをなさるのか」と神さまに背を向けました。一人の女中がケネディー夫人に言いました。「奥様、このことで奥様の人生を破滅させてはなりません。私は奥様をとても愛していますから、申し上げさせて下さい。奥様の心を、イエス様がお生まれになる飼い葉桶としない限り、幸せにはなれません」。夫人は女中を解雇しました。しかし、女中の愛に満ちた顔、優しい表情、魂から沸き上がる喜びが頭から離れないのです。夫人はひざまずき祈りました。「神さま、私の心を、イエス様がお生まれになる飼い葉桶として下さい」すると夫人は自分に神聖なものが入ってくることを感じ、知恵遅れの子への愛が生まれました。女中はケネディー家に呼び戻され、生涯共に暮らしました。 1962 年、ジョン・F・ケネディーの妹のユーニス・メリーが自宅を開放し35 人の知的発達障害の人を招いてデイキャンプを行いました。これがスペシャルオリンピックスの始まりです。今では、世界150 カ国以上に広まった知的発達障害者のオリンピックは、一人の女中が、信仰によってローズ・ケネディーを励ましたから起こったのです。

 神さまを信頼し、神さまの愛をこの世に現しましょう。神さまの御手が働くことを信じましょう。この世は、そのような人物をいつも必要としています。

2011年1月9日日曜日

「こう祈った。『神の御名をたたえよ、世々とこしえに。知恵と力は神のもの。神は時を移し、季節を変え王を退け、王を立て知者に知恵を、識者に知識を与えられる。」ダニエル記2章20~21節



 「わたしもおだんごづくりをします。おしえてください。」小1 の理子ちゃんは、お母さんが参加できないので、お団子作りに行きたくないと言っていましたが、お友達のお母さんがお祈りをして電話をすると、1 人でもがんばるぞ! と気持ちを変えて、言ってくれました。

「こう祈った。『神の御名をたたえよ、世々とこしえに。知恵と力は神のもの。神は時を移し、季節を変え王を退け、王を立て知者に知恵を、識者に知識を与えられる。」ダニエル記2章20~21節

 すべての問題解決の鍵は、神が握っておられます。自分が望むようにではなく、神様の御心が行われますように祈り、最善の解決策を与えていただきましょう。

 清里のキープ自然学校、その学校を建てたポール・ラッシュは、70 年ぐらい前、神さまの御用をするために日本にやってきました。ラッシュは日本の人たちにイエスさまのことを伝えて、幸せになってもらいたいと思い、イエスさまのことを伝えるための合宿所、キープ自然学校を作りました。そのために必要なお金は、アメリカの人達から献金されたものでした。ラッシュは、「私たちの日ごとの食物を今日も与えてください。」という御言葉を信じて、必要なものは神さまにおゆだねしていました。ところが戦争があり、お金が集まらなりました。つらい数年間でした。しかし、アメリカの薬品会社のオーナーが亡くなり、その遺言で、たくさんのお金が送られてきたのです。ラッシュさんの祈りはしっかりと神さまに届き、忘れられていませんでした。彼は日本人がイエスさまのことを知り、豊かになってほしいと願っていました。そのために、神さまが必要なものを与えてくださると信じていました。そして守られ、いまでもラッシュさんの働きが伝道のために生かされています。

 苦しいとき、大きな問題を抱えているとき、すべてを支配しておられる神に目を向け、真に畏れるべき方に祈るとき、他の何をも怖がることはないのです。神は、わたしたちに、最善の道をお示しになります。

2011年1月2日日曜日

「あなたがたはこの世に倣ってはなりません。むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい。」ローマの信徒への手紙12章2節



 ある牧師夫人が、学校のクリスマス会の練習のとき、「クリスマスは神さまがお生まれになった日です。みんなでお祝いしましょう!」という台本をみて、「クリスマスは神の子イエスさまがお生まれになった日です。」と書き換えてもらいました。真実を伝えるのは勇気がいりますが、神さまが必ず力をくださいます。

「あなたがたはこの世に倣ってはなりません。むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい。」ローマの信徒への手紙12章2節

 人をへつらったり、ごまかしたりすることをやめましょう。本当の救いは、イエス様が私達の罪のために十字架にかかってくださったと信じることです。それを自分達の都合の良いように変えて伝えてはなりません。

 700 年前までイギリスでは聖書ラテン語で、勉強したわずかな人しか読むことができませんでした。当時の教会には、聖書に書いていないことを言う司祭がいて、救いを求めている人達は、間違った教えにより苦しんでいました。大学教授で、神学者だったジョン・ウィクリフは、ラテン語の聖書を読むことができました。聖書に書いていないことを教える教会に反対し、裁判にかけられます。裁判官が「今の教会の力をとって何が残るのか」と尋ねると「真実の力です。神さまの御言葉、聖書が残ります」と答えました。その結果、ウィクリフは、大学の教授を辞めさせられました。しかし、「ラテン語の聖書を英語に翻訳しよう!そうすれば真理が伝わるのだ」という強い思いが湧き、長い時間と苦労を重ねて英語の聖書が出来ました。おかげで、今のように世界中の人が御言葉を受け継ぐことができるようになりました。ウィクリフは、偽りを語ることに反対し、人々に真実を伝えようと、同じ思いの仲間と困難を跳ねのけ、聖書を翻訳したのです。

 「良い事をしなければ」「悪い事をした人」は救われないなど言うのは間違っています。十字架で赦せない罪はありません。キリストにある真実は、イエス様を信じて救われることです。この世にながされず、真実を語りましょう。

2010年12月26日日曜日

「これは万民のために整えてくださった救いで、異邦人を照らす啓示の光、あなたの民イスラエルの誉れです。」ルカによる福音書2章31~32節



 クリスマス礼拝では、4 本のキャンドルを灯します。それは希望、平和、喜び、愛の象徴です。これらは、すべて神さまから賜物として与えられる性質です。努力では得られず、買えず、命と同様、神さまから与えられる恵みなのです。

「これは万民のために整えてくださった救いで、異邦人を照らす啓示の光、あなたの民イスラエルの誉れです。」ルカによる福音書2章31~32節

 ルカによる福音書には、エリザベツ・マリア・ザカリヤ・御使いの讃歌と、救い主をお遣わしになった主を讃える讃歌が続きます。シメオンの讃歌は、神の救いが、全ての人に約束されていることを明確にしています。

 パトリックは、眼球がなく、ひじとひざを真っ直ぐに伸ばすことができず、更に、背骨も曲がらないよう、二本の金属棒が入れられています。障害を抱えながらも、彼はこれまでに、ピアニスト、トランペット、ボーカリストとして数々の大会で賞を獲得、7 つ以上のテレビに出演、雑誌の取材も多く受けています。また、全米各地、カナダ、南米、ヨーロッパ、アジアで演奏しています。彼は、成功の秘訣を「愛することをやって、やっていることを愛しなさい」であると言い、その人生は、「わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしにはす
べてが可能です」( フィリピ 4:13) を現わしています。彼は、できないことではなく、できること、障害を持つ代わりとして与えられている能力を特権と考えており、見えないことで、内面だけを見られることは、素晴らしい賜物だと考えています。神さまを愛する両親、二人の弟、周囲の人々から愛され、賜物を引き出させてもらい、世界中に愛なる神さまの存在を証ししている人生は幸せそのものです。

 神さまは、罪深い私たちを救われるために、大切なひとり子であるイエス様を送ってくださいました。今もわたしたちを救い、希望を与えるために生きて働いておられます。イエス様なしには、地上でも、来世においても希望はありません。

2010年12月19日日曜日

「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」ルカによる福音書2章14節



 4 世紀、嵐にあった旅人を助け、幼い子どもを守り、貧しい人に贈り物をしたキリスト教の司祭ニコラウスがいました。貧しくて三人の娘を嫁がせることの出来ない家に、真夜中、こっそりと金貨を煙突から投げ入れ、それが靴下の中に入った、という伝説があります。彼がサンタクロースです。

「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」ルカによる福音書2章14節

 神であるイエス・キリストが、人性をとり人間となられました。「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。」ヨハネ1:14と、あるとおりです。神さまは人に立ち直る機会をお与えになりました。

 クリスマスになると貧しい人々に100 ドル札を配る謎の男がいました。彼はシークレット・サンタと呼ばれていましたが、自分の死期を知り、他の人にもまねをしてもらいたいと、ついに本人ラリー・スチュアートさんは名乗りでました。2007 年、58 歳でなくなるまで1 億5000 万円以上、寄付をしました。彼は貧しい家庭に育ち、自分で会社を起こすも、何回も失敗し、無一文になったとき、つい、レストランで無銭飲食をしてしまいます。財布を落としたとごまかそうとすると、レストランのオーナがテーブルの下から20 ドル札を見つけたふりをして彼に差し出し、「あなたのでしょう」といいました。彼は罪悪感でいっぱいになり、「いつか、自分が人を助けられるようになったら、そうします」とお祈りをしました。その後、ラリーは事業に成功し、現金を貧しい人に配りました。困っている人に、お金を渡すのはお金持ちとしての使命であり、このことから与える喜びとキリストの犠牲愛を示したかったのだと言います。

 イエス様は、裁くためではなく、赦すためにこの世に来られました。その大きな愛を知り、イエス様を救い主として受け入れ、あらゆる恐れを取り除いていただき、赦していただき、与えるものとなりましょう。

2010年12月12日日曜日

「そこで、マリアは言った。『わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救すくい主である神を喜びたたえます。」ルカによる福音書1章46・47節



 カリフォルニア大学の心理学教授、ロバート・エモンズ博士は感謝することと、人の心と体の健康への影響について研究しました。その結果、ただ、感謝するべきことを記録しただけで、幸せを感じ、頭痛になったり風邪をひくことが少なくなりました。

「そこで、マリアは言った。『わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救すくい主である神を喜びたたえます。」ルカによる福音書1章46・47節

 聖霊によって、救い主を身籠ったことを知ったマリアが、感謝の祈りをしました。彼女は自分に特別な恵みを受ける理由があるとは思いませんでした。むしろ、それは畏れ多いことだと感じていました。とるにたらない私たちに目を留めてくださる神さまを覚えることに、礼拝の感謝があるのです。

 1979 年、交通事故に遭い、下半身麻痺となったダニエル・ゴットリーブ博士は、集中治療室に入院中、自殺してしまいたいと思っていました。ある晩、夜勤の看護婦が「誰もが自殺したいと思うときがありますか」と心理学者の博士に相談してきました。彼女は、博士自身がまさに自殺したいと思っているとは知る はずがありません。自殺願望は異常ではありません、と博士が言うと、看護婦は彼女の人生で悩んでいることなど話していきました。彼女が去った後、博士は「 自分は体に障害があっても、他人を助けられる」と気づきました。そのことが博士の命を救い、数年後、仕事に復帰したきっかけとなったのです。やがて、家庭問題に焦点を当てた電話相談のラジオ番組「家族の声」が、表彰されるほどの人気で、新聞に連載記事も書いています。神さまは、とるにたらない私たちを選び、神の業を実現なさいます。

 神さまは、自分は立派な人間でないと思っても、人にとってかけがえのない存在とさせてくださいます。神さまに心を向けていると、神さまは、それを祝福に変えてくださる。ですから、わたしたちは、いつも神さまをほめたたえ、感謝することが大切なのです。

2010年12月5日日曜日

「主に向かって喜び歌おう。救いの岩に向かって喜びの叫びをあげよう。」 詩篇95篇1節


 ベトナム戦争中、9 歳のときにナパーム弾でやけどを負ったキム・フックさんは、クリスチャンとなり、十字架上のイエス様の祈りを知り、敵を赦し感謝できるようになりました。自分があの爆撃でも死ななかったのは、「互いに愛し合いなさい」という御言葉を実行するためだと、戦災孤児を助ける働きをしています。

「主に向かって喜び歌おう。救いの岩に向かって喜びの叫びをあげよう。」 詩篇95篇1節

 主、神様は偉大な創造主です。私たちは、その神様の礼拝に招かれています。そして救い主が、地上に来られました。大いなる喜びが、そこにはあります。

 フレッド・スミス氏は、自分の会社経営し、モービル石油などの大企業の経営コンサルタント、20 社の役員を務めてきました。スミス氏の信仰が成長したのは、逆境の時でした。「順境の時に学んだことなど何一つない。誰もが落ち込む時はある。しかし、苦難の時には真剣に祈るから、信仰が成長するチャンスなのだ。人生の目的は、キリストと似た姿になることであり、そのために、試練の時はどうしても必要である。苦難に直面したら、神が罰しているのだなどと考えてはならない。それは訓練の時であり、次第に試練を感謝出来るようになる」と語っています。偉大な創造主である神を礼拝し、共に喜び、自分を通して人々に神さまの力をもたらすのは最高の人生なのです。
 スミス氏による人に分け与えることのできる5 つの恵み
 1. 受け入れてあげる恵み
 2. 信頼してあげるという恵み
 3. 紹介してあげるという恵み
 4. 健全なユーモアという恵み
 5. 問題点を指摘してあげるという恵み

 喜びを持って神を礼拝しましょう。救い主イエス様が地上に来られました。イエス様により魂が救われ、永遠の命に希望を持ち、わたしたちは、イエス様の声、手、足となって平和を作り出すために、この世に遣わされているのです。